カナット通信~kanatt blog~
京都のヘアサロン kanatt スタッフのブログ
【湖都から古都へ】 カナニャンと巡る琵琶湖疏水サイクル日記
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先日、小学4年生の授業参観に行く機会がありました。
その日は社会科の授業で、社会見学で訪れた[水環境保全センターの仕組みについて発表する]という内容。
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『水の循環』という身近で大切なテーマ。
飲み水・風呂・トイレの他に、我々美容師はお店でもシャンプーや洗い物などに水は不可欠。
この日の授業参観で、改めて水の大切さに気付きました。

これを機に、小学4年生の社会科の教科書『わたしたちの京都』をパラパラめくると・・・。
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こんな感じで
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『くらしと水』から始まり
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(※琵琶湖の水位1mmが京都市1日分の水道水の量になるそうです)

水・ゴミ・安全なくらしなど、身近で興味深い内容がズラリ。

さらに、京都市民には馴染み深い『琵琶湖疏水』についても詳しく掲載されています。
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子供の頃、滋賀で過ごした僕も、当時 社会見学で蹴上のインクラインに訪れ、琵琶湖疏水について学んだ記憶があります。

つい先日も、学校から {次回の社会見学のお知らせ} のプリントを持って帰ってきました。
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場所 : 小関越え
目的 : 琵琶湖疏水やインクラインの見学を通して、今も残る琵琶湖疏水の様子を知り、先人の努力や願いに触れる。

「小関越え」・・・僕自身、長年 京都と滋賀に住んでいますが、恥ずかしながら この時初めて目にした地名。

『小関越え』とは
大津と京都山科を結ぶ道で、現在の国道1号線が通る逢坂山が「大関越え」
それの北側を通る裏道で、三井寺~山科の四宮を通る道を「小関越え」という。

そこで、浮かび上がったキーワド3つ。
・琵琶湖疏水
・大関越え
・小関越え

以上3つのキーワドを、実際にサイクリングで巡り 先人の努力や願いに触れてみることにしました。
(この季節は、色味が地味な写真ばかりなので、一足早く疏水沿いの『お花見』スポットもご紹介します)

今回のサイクリングコース(往復:約20km)
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往路・・・三条大橋~蹴上~山科~逢坂山~浜大津 (約10㎞)
復路・・・浜大津~(琵琶湖疏水に沿って)三井寺~小関越え~日ノ岡~蹴上 (約10㎞)

※通過タイムは参考まで・・・。
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<7:00>三条大橋をスタート 
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<7:15>蹴上 (北山方面は雪で真っ白でした)
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<7:25>地下鉄御陵駅 (琵琶湖疏水レンガ工場跡)
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<8:00>逢坂山関跡
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≪カナニャンの史跡案内≫
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『逢坂の関』
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東海道と中山道の2本の街道が逢坂関を越えるため、交通の要となる重要な関であった。
百人一首に登場する蝉丸の句で有名。蝉丸は平安時代に逢坂山で暮らしたとされる。
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さらに、清少納言も逢坂の関にまつわる句を詠むなど、知名度は全国区。
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逢坂関には蝉丸神社があり、盲目の琵琶の名手蝉丸にあやかり音曲諸芸道にご利益があるとされる。
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<8:20>坂を下って浜大津手前の関蝉丸神社 (参道を線路が横切り、鳥居と遮断機がマッチング)
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<8:35>浜大津到着
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目の前に広がる琵琶湖。停泊する「ビアンカ」 浜大津ならではの風景。
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<9:15> 浜大津出発 (琵琶湖疏水のスタート)

≪カナニャンの史跡案内≫
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『琵琶湖疏水』
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明治2年、明治維新により東京遷都が断行され、京都はそれを機に人口が減り始めた。
江戸時代の56万人から明治には23万人へ・・・。
そんな沈んだ京都に活力を呼び戻すための一大プロジェクト。
「琵琶湖の水を京都へ!」
実現すれば、膨大な量の水道用水・農業用水・工業用水の確保をはじめ、営業用として日本初となる水力発電が京都府内の産業を潤し、さらに水路を使った産業運輸が確保される。

総工費当初の予定60万円の2倍となる125万円。
現在のお金に換算すると、約1000億円という巨額事業。
明治18(1885)年着工・5年後の明治23(1890)年完成。

<9:20> 大津閘門 (この水が疏水によって京都市内へと運ばれます)
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※桜の季節はこんな感じです
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疏水に沿って真っ直ぐ進むと、三井寺へ。
※三井寺は桜でも有名
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<9:25> 琵琶湖疏水 第1トンネル 入口 (全長2436m 当時は日本最長を誇りました)
各トンネルの上部には、著名人の筆による彫刻が施される。
最初の第1トンネル入口には、伊藤博文の筆による『気象万千』の文字
<気象万千(きしょうばんせん)・・・様々に変化する光景はすばらしい>
※桜の季節はこんな感じです。
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<9:35> 小関越え (車通りも少なく いかにも裏街道の雰囲気)
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<9:55> 峠のお地蔵様 (約20分頑張れば越えれます)
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<10:00>ここから先は ほぼ下り。
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<10:05>琵琶湖疏水・第1竪抗
この竪穴を掘ることで、トンネル工事を早めたり、トンネル内に空気や日光を取り入れることができる。
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<10:15>第1トンネル 出口

<10:20>山科方面を見下ろしながら、散歩やジョギングに最適(疏水沿いはずっと桜並木)
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※冬場は水量を少なくし、水路の補修する期間だそうです。

<10:30>安朱橋 (この付近は桜と菜の花の名所)
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<10:35>安朱橋から北へ坂を登ると、紅葉で有名な『毘沙門堂』
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※毘沙門堂の紅葉
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<10:55>琵琶湖疏水 第2トンネル

<11:05>琵琶湖疏水 第3トンネル
ここに架かる小さな橋は『日本最初の鉄筋コンクリート橋』だそうです。(記念碑もあります)
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『日本最初のコンクリート橋』にて。
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第3トンネルを通り、蹴上へと・・・。
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<11:15>蹴上 ねじりマンポ
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<11:20>南禅寺 水路閣
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≪カナニャンの史跡案内≫
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『南禅寺水路閣』
琵琶湖から蹴上を経由した水は<疏水分線>である水路閣を通り、哲学の道方面へと流れる。

『蹴上インクライン』
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傾斜面にレールを敷き、動力で台車を動かし、船・貨物を運ぶ急傾斜鉄道。


最後に、動物園の傍にある『琵琶湖疏水記念館』へ。
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琵琶湖疏水竣工100周年を記念して、平成元年8月に開館したした施設。
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琵琶湖疏水の歴史や役割・先人の偉業の顕彰・京都の未来への発展をテーマにした展示。
(入場無料)

内部の詳細は撮影不可のためパンフレットの画像です。
今回初めて訪れましたが、気軽に琵琶湖疏水の歴史に触れることができます。
琵琶湖疏水を利用し、日本で初めてとなる水力発電のしくみや資料映像などたくさん。
(ジオラマ&模型のクオリティが高いので必見です)

蹴上を経由した琵琶湖の水は、この施設に併設されたこのトンネルから流れ出て
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京都市動物園方面へ
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岡崎界隈もお花見スポットです
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今回、駆け足でご紹介した琵琶湖疏水。
実際に訪れることで先人の努力や願いに触れられた気がしました。
また、身近なテーマ{水の循環}や{琵琶湖の環境維持}の大切さにも気付いたような気がします。

【Mother Lake】と称される琵琶湖。
京都市民にも多岐にわたり恩恵をもたらせてくれていることを実感しました。

今回は、自転車で一気に巡りましたが、暖かくなったら疏水沿いをウォーキングで巡るのも良いかと思います。
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三井寺・山科・岡崎と、疏水沿いには桜並木がたくさんありますので、今年のお花見にいかがですか?(^-^)
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【2017/03/10 17:11】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
【剣道 25年振りの試合】 この一撃に賭ける!     NAOYA
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今から25年前・・・高3の夏。
高校生活最後の試合で敗れた僕は、その試合後 人目をはばからず思いっきり泣いた。
『試合に負けた悔しさ』というより、 『これが最後の試合なんだ』という淋しさから溢れ出る涙。

小・中・高と、『強くなりたい』一心で12年間続けてきた剣道。

小・中学校時代は滋賀県愛知川剣心会で週4回の稽古に加え、中学は部活で毎日稽古。
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(中3の夏。 団体戦で県予選を勝ち抜き 全国大会へ  [列 後ろから3人目] )

高校時代は部員約50人の剣道部のキャプテンとして日々稽古に励んできた剣道が一旦終わった 『あの日』
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(高3の頃 同期と。 高校卒業アルバムより [中段 右])

時が経ち
『あの日』から25年経過した今、
『あの日』の自分に言葉を伝えれるとしたら・・・
『その涙は、今は流さず大事に取っとけよ』と伝えたい。

なぜなら、『再び 試合に出場できる機会が巡って来るから・・・』

そして今年の夏。
厳しい暑さの残る稽古後に、道場の先生から『11月に大人も出場できる試合がある』というお知らせが。

{ 11月6日(日) 『第三回 八幡市剣道優勝大会』 指導者・OBの部  (36歳~49歳) }
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思いもよらず巡ってきた出場機会。
『是非、出場したい!』 という自分と 『いや 待てよ・・・』という自分が混在。

実際 出場に至るまでは幾つかハードルが・・・。
・日曜日の試合、仕事を休む事に。
・現状での稽古不足
・25年もの長きに渡るブランク etc・・・。

しばらく悩んだ結果、出場したい気持ちは抑えきれず無謀にも自らエントリー。
こうなれば試合当日までの約二ヶ月間をどう過ごすかは自分との戦いとも言えます。

<試合まで、あと二ヶ月>
エントリーした8月末から、基本中の基本である素振りを毎朝300本。 
やがて400本・500本と増やし 朝から一汗。
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(毎日の素振りでできた左手のマメ)

素振りで基本的な部分は強化できても『実戦』から遠ざかっていて、相手との間合いや試合運びなど一向に勘が戻らず不安が増すばかり・・・。

<試合まで、あと一か月>
いよいよ自分の中でのカウントダウン開始。
毎朝の素振りに加えて、出稽古の準備。
大人の方相手に稽古をつけてもらうことに。

と思っていた矢先、まさかのアクシデント発生!
とある事情で肋骨骨折・・・。
試合までのカウントダウンも始まってるので、痛み止めの薬とコルセット着用で出稽古へ。

仕事帰りの夜8時頃から他道場に出向き、実質1時間程度の内容の濃い稽古。
高校の部活を思い出すかのような厳しい稽古。
10人ほどおられる大人の方との熱のこもった良い稽古です。

初めての出稽古で痛感した、体力不足とブランクによる実戦感覚の鈍さ。
やればやるほど不安は増すばかり・・・。
とてもじゃないけど試合どころでは無いレベル。
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(背中を向けておられる先生に稽古をつけて頂きました)

仕事帰りの厳しい出稽古。
心の中で『今日は帰ろうかなぁ・・・』と逃げ出したくなる自分も居たり。
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(閉ざされた扉の向こうから聞こえてくる掛け声、逃げ腰の自分を奮い立たせて扉を開けます)

出稽古を2回3回と重ねる事で、ようやく解って来た部分もあり、とても意味のある稽古でした。
稽古の後は決まって『今日来て良かった』と思えます。

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(稽古後は、たいていこんな感じで青アザが・・・)

更に、帰宅後は ほぼ毎日のように剣道の試合の動画を見てあれこれ研究。
試合までの準備期間で少しでもブランクを埋めようと必死でした。

今回の試合では、『会場の雰囲気や相手の気迫に臆することなく、今まで培ってきた自分の剣道が出来れば』の気持ちで挑むことにしました。

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(試合の一週間前、僕の誕生日に子供達から貰った『必勝お守り』を携え試合に挑みます)

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(お店のスタッフからは『袴』をプレゼントしてもらい、この袴で挑みます)

<そして迎えた試合当日>

試合前の何とも言えない緊張感が懐かしく思えたこの日の朝。
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今回の試合会場となる『太陽が丘・体育館』へ向かいます。

京都・大阪・滋賀・兵庫・奈良・和歌山を始め、東海・北陸から、100団体以上、約1500人の剣士が集結。
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開会式終了後、8コートにて一斉に小学生の試合開始。
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『ヤーッ!』  『メーン!』  『コテー!』
会場に響き渡る、掛け声・歓声・拍手・・・すべてが懐かしかった。
 『また帰ってきたんだ』 と実感。

小学生の試合を観戦しながら午後からの自分の試合に備えます・・・。

余談ですが、観戦中に剣道界では有名な寺本先生が居られたので撮らせていただきました。
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(*寺本先生・・・2007年度 全日本剣道選手権にて日本一の座に。大阪府警)
息子には、剣道を始めたからには日本一を目指して欲しいです。


<間もなく試合開始>
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(たっての願いで、息子に襷を託しました)


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(これから試合に挑む父の姿は、息子にはどのように映るのか…)

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(面ひもをギューッと締め、心身ともに引き締まる思い)

<そして迎えた運命の初戦>
主審の『始め!』の合図で試合開始。
今回の試合で、僕が最も大切にしてきた最初の一太刀。
相手に隙が生じた瞬間、渾身の一撃!

『面あり!』 旗三本!
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25年前の忘れ物を取り戻せた瞬間。
つづく二本目も面が決まり、二本勝ちさせて頂きました。

<二回戦>
二戦目は、逆に面を二本取られ敗北・・・。
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敗れはしましたが、自分から攻めての敗けだったので、悔しさの中に清々しさもありました。
この敗戦が次に繋がる第一歩だと信じています。

この春から再開した剣道。
この秋実現した25年振りの試合。

また、こうして大好きな剣道を続けさせて貰える環境に感謝しなだら、これからも更なる高みを目指して挑戦していきたいです。
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今回の試合を終えて痛感した、次の剣道の教え。

≪打って反省 打たれて感謝≫
「打って反省」・・・本当に正しい心で無駄なく打ち込めたか常に自己反省すること。
「打たれて感謝」・・・打たれることで、自分の隙を教えてくれた相手に感謝すること。
すなわち、相手に対する感謝の気持ちを忘れず、切磋琢磨する精神。
いくら段位に差があっても、共に教わる事があり、常に謙虚であれという意味。

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僕の挑戦は、まだまだ始まったばかりです・・・。









【2016/11/07 17:28】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
【 僕 と 剣道 】  親子剣道はじめました     NAOYA
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僕自身、剣道は小学1年から高校卒業まで約12年間続けました。
高校卒業後も、2年ほどは母校の部活に時々出向き、後輩たちと稽古をしていました。

しかし、あれほど好きだった剣道も、いつ頃からか徐々にフェードアウト。
気が付けば剣道から離れて20年以上が経過しました。

剣道を離れている間も、お世話になった先生の言葉が常に心の奥底にありました。
『アマチュア競技に引退はない。引退があるのはプロのスポーツ選手だけや。
 たとえ剣道から離れることがあっても、またいつか縁のある場所で剣道を続けたらええ。』でした・・・。

そして、この春。

小2の息子に、【剣道】に触れる機会を与えました。
近所の道場で見学させて頂いたところ・・・。

その日のうちに、自ら [剣道のメモ] なるものを作成。
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この日 初めて目の当たりにした剣道ですが、既にヤル気!

やがて息子が剣道を始めたのを切っ掛けに、僕も約20年振りに剣道を再開することになりました。


再開するにあたって、当然 防具が必要となります。
しかし防具は母校の剣道部のボックスに置いたまま。

最後に稽古に訪れてから20年・・・。

置きっぱなしの「防具の処遇」が気になっていて、ずっとモヤモヤしていました。

僕の防具が、まだ剣道部のボックスに置いてあることへ僅かな期待を込めて母校に電話。
現在の剣道部の顧問の先生に事情を説明して防具の有無を確認してもらうことに・・・。

後日、顧問の先生から電話。
『去年の暮れに大規模な大掃除をしましたので、もしかすると その時に処分したかと思われます。』
『申し訳ございませんが、岸田さんの防具は見つかりませんでした。』 とのことでした…。

もしかしたら、数か月前までは有ったかも・・・。

防具が無くなっていたのは残念でしたが、その一方で心のモヤモヤがなくなった気がしました。
これを機に、防具一式をはじめ、胴着・袴、竹刀に至るまで買い揃えました。

ちなみに、剣道の防具もピンキリで、高価なモノになると・・・
(このランクを所有されているのは、極々僅かな方です)
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そんなこともあって、今回は剣道にまつわる内容です。
(剣道は奥が深く簡単には説明しきれませんので抜粋して)

日本を代表する武道でありながら、一般的には あまり知られていない剣道。
高校時代、体育の授業で経験された人は多いと思います。
『臭い』 『痛い』 『暑い』 『寒い』 ・・・などが、剣道のイメージでは無いでしょうか?


今回のブログで、少しでも剣道を身近に感じて貰えたらと思います。


本題に入る前に、京都における<剣道の聖地>と言える場所について少しだけ・・・。
京都の岡崎、平安神宮の北西にある『武徳殿』と『武道センター』
「前は通った事あるけど・・・」という方は多いと思います。
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『武徳殿』とは
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明治32年(1899) 平安遷都1100年祈念事業であった平安神宮造営と並行して建てられた。
「東の講道館、西の武徳殿」と評されるほど日本の武道の中心的存在。

『武道センター』
京都で行われる主要な剣道の大会や昇段審査は『武道センター』で行われます。
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↑先日行われた、小中学生の全国大会 京都予選の開会式の様子
(僕が今お世話になっている道場も出場するので、仕事前に開会式だけ見させて頂きました)




<項目>
・剣道の町に育って (小学生時代編)
・剣道の理念 ・ 剣道修練の心構え
・剣道人口
・剣道がオリンピック競技にはならない理由
・剣道の教え あれこれ
・剣道の主なルール
・剣道経験のある芸能人
・剣道あるある


{剣道の町に育って}

僕が幼稚園から中学3年(1学期)まで過ごした 滋賀県愛知川町(現、愛荘町)は、
県下トップクラスで剣道が盛んな町です。
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当時、愛知川町の人口約1万人に対して、剣道スポーツ少年団(※1)の団員の数 なんと約200人!
単純計算すると愛知川町に2つある小学校の各クラス約35人中 7~8人は剣道を習っている感じでした。

そんな地域であり、おまけに兄2人ともが剣道を習っているとあれば、
僕も当然の如く 小学校入学を機に剣道を始めることになりました。
(左:長男・賢治氏 & 右:次男・和彦氏と。  真中が僕)
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(※1)愛知川町スポーツ少年団 『剣心会』
<剣は心なり>を座右の銘に、今年で創立50周年迎える。
月・火・木・土の週4回、夜7時から1時間半の稽古。
更に、暑中稽古に寒稽古・日曜日の試合も含めると、毎日に近い感覚でした。
現在、団員は約60名でありながらも、県下最多を誇ります。

『剣心会』での思い出

・1年生の頃
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基本を大切にした指導の元、入団当初は主に素振りや足捌きを中心とした
<タイヤ打ち>の練習でした。
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(↑タイヤを利用した打ち込み台)

・2年生の頃
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町民体育館で行われた試合の合間の一枚。
{彦根在住の担任の先生(50代男性)が見に来てくださって撮影して頂きました}

・4年生の頃
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・6年生の頃
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(前列 右)

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この年の夏合宿<安土城跡>にて。(この年の合宿のみ例年とは違う形式でした)
下級生を引き連れ、オリエンテーリング形式で安土城跡を巡る感じでした。
※左の白袴の先生が剣心会の創設者の須田先生です。 (僕は右中央あたり)

・県大会優勝
良き先生と仲間に恵まれ、6年生の秋 県大会の団体戦で優勝しました。
(地元の広報誌より)
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(先程とは別の剣道大会でも優勝できました。その時の記念の一枚) 前列右から2人目
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『剣心会』は、中3まで在籍し、小学校の6年間は一度も休まず皆勤でした。
(学校を休んだ日でも、夜の剣道の稽古には行ってました)
当時、土曜の夜の人気番組『8時だよ!全員集合』や『俺たちひょうきん族』は
稽古の時間帯だったため、リアルタイムで観たことがありません・・・。

少年時代、剣道は僕の生活の一部でした。
たくさんの試合で、たくさんの負けを経験し、たくさん悔しい思いもしました。
その悔しさを糧に稽古に励んだ末に手にした勝利の喜びは今でもはっきり覚えています。

剣心会での出逢いや経験は、僕の人生の大きな礎となっています。
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{剣道の理念}

『剣道は 剣の理法の修練による 人間形成の道である』

(剣道修練の心構え)
剣道を正しく真剣に学び 心身を練磨して旺盛なる気を養い
剣道の特性を通じて礼節を尊び 信義を重んじ誠を尽くして
常に自己の修養に努め 以て国家社会を愛して
広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである。
[昭和50年3月20日制定  財団法人 全日本剣道連盟]


{剣道人口}

全日本剣道連盟に登録の有段者約148万人 無段者約18万人 (女性3割~4割)
六段在籍19000名以上 七段16000名 八段800名 と言われています。
一説によると、八段の合格率約1%、倍率約80倍だそうです。

また、高体連の調査によれば、剣道部員が最も多かった昭和59年、女子は昭和61年をピークに
徐々に減少傾向にある。

世界の剣道人口(諸説あり)
韓国50万人 フランス1万人 台湾5000人 アメリカ5000人 ドイツ3000人

{剣道がオリンピック種目にならない理由}

理由のひとつに、「武道的特性が失われる」があります。
剣道の理念そのものが、勝利至上主義や商業主義で損なわれる恐れがあるとともに、
他国の審判レベルや応援のあり方、選手自身の品格も問題視されています。
オリンピックで、柔道→JUDO となりましたが、剣道→KENDOとはならないようです。
現時点で、日本剣道連盟はオリンピック参加に「反対」の立場にあります。

※1970年以来、3年に一度 アジア・アメリカ・ヨーロッパの持ち回りで世界大会が開催。
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当初17国だった参加国は、近年は40国前後に増えている。
過去16回中 日本の優勝は15回。
近年のライバル国は、韓国・アメリカ・ハンガリー・ブラジルなど。

{剣道の教え あれこれ}

・剣は心なり
”心正しからざれば剣また正しからず。 剣を学ばんと欲するものは、まず心より学ぶべし”
「意味」
正しい心の持ち主でないと正しい剣は生まれません。
正しい剣を使えば正しい心の持ち主になれます。

・交剣知愛  [こうけんちあい]
「意味」
剣を交えて愛しみを知る。
剣道は、単に竹の棒で相互に打ち合うものではなく
一度 稽古した人には是非もう一度稽古をお願いしたいと思われるような
剣道をするように心掛けよ。

・袴の折り目の意味 (五倫五常の教え)
身に着けた右の折り目から
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・仁・・・人に対していたわりの心と思いやりの心をもつこと
・義・・・正しい行いをすること
・礼・・・正しい礼儀をすること
・智・・・正しい判断をすること
・信・・・嘘のない心を持ち、人から信頼されること
裏の二つの折り目は
・忠・・・先生や仲間を大切に思うまごころのこと
・考・・・親、兄弟を大切にする心のこと

稽古が終わって袴を畳むときは正座して、折り目の意味を感じながら
畳むことを心掛けましょう。


{剣道の主なルール}

試合時間小学生2分、中高生3分、一般5分
時間内で2本先取、もしくはどちらか一本のみ場合は一本勝ち。

[有効とされる打突箇所]
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主な反則行為・・・(2回目で相手に一本となる)
・試合中場外に出る。
・自己の竹刀を落とす。
・相手の竹刀を握る。又は 自分の刃部を握る。etc・・・

その他、反則ではありませんが、
・有効打突であっても、決まった直後にガッツポーズをとった事で、取り消しになることもある。
・有効打突であっても、『面』を打ちながら『こて!』と言った場合でも無効となる。

{剣道経験のある芸能人}
<初段>
・釈 由美子  ・稲森 いずみ  ・川島なお美  ・ 原 千晶
・大竹 一樹  ・渡部 陽一  ・小川 直也  ・志垣 太郎

<二段>
・小柳 ゆき  ・伊藤 かずえ  ・原口 あきまさ  
・森田 健作  ・草野 仁  ・脇 知弘  ・チャンカワイ

<三段>
・飛鳥 涼  ・金田 哲  

<五段>
・渡辺 正行


{剣道あるある}
(剣道未経験の方には雰囲気だけでも伝われば嬉しいです)
・先生が来た時の絶望感。
・先生が着替え始めた時の恐怖。
・「次のでラスト」や「ラスト1本!」は、信じてはいけない。
・掛かり稽古のつらさが他の部にはわからない。
・面をつけたまま顔をかく専用の道具を開発したことがある。
・武道場に入ると踏み込みをして床の硬さをたしかめる。
・皮を剥がす時の痛くない部位と、痛い部位の境界線。
・初心者との試合が逆に怖い。
・奇数の回り稽古はうれしい。
・長い黙想中に目を開けた瞬間に先生と目が合う奇跡。
・昇段審査のとき、垂にチョークで書かれると以外に取れない。etc・・・


今回のブログで、今まで剣道に興味がなかった方が
『剣道おもしろそう』とか、『剣道はじめようかな』と、ほんの少しだけでも感じてもらえたら嬉しいです。


最後に・・・。

僕は今、毎週火曜日の稽古で、小学生の子たちを相手に汗を流しています。
稽古に励む子供たちの姿を見ていると、当時の自分と重なります。
これからも、再び剣道が出来る喜びと、剣道ができる環境に感謝しながら、稽古に励んで行きたいです。

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【2016/06/10 20:28】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
新連載 【インスタぶろぐ】 始めました。    n a o y a
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今回から新連載、手軽に読んで頂ける短編ブログ【インスタぶろぐ】を始めました。

<instagram> と <ブログ> を合わせた感じで、写真がメインです。
(※既出の写真もあります)

初回に限り、少しだけ前置きを・・・。
僕自身、歳を重ねるごとに[季節の変化]に敏感になったような気がします。
日本には四季があり、季節を表現する美しい日本語があります。
一口に春夏秋冬と言っても、初冬や晩冬、初春や晩春があるように微妙に変化します。
さらに、冬~春の表現として、春寒・残冬・向春・残寒、春暖・早春・軽暖・浅春など・・・。
日本独自の表現方法であり美的感覚です。

そんな季節の変化を、自分の目や耳・肌で感じようと、休日にはいろんな場所に足を運びます。

すると、数年前までは気にもしなかった[季節の変化]を感じる自分に出会います。

【インスタぶろぐ】では、自分自身が実際に足を運んで、心に止まった瞬間を切り取った写真や
kanattにまつわる写真などに一言コメントを添えて<instagram風>に紹介させて頂きます。

下手くそな写真を十数枚。
「ちょっと先の季節」を含めて、現場の空気が少しでも伝われば嬉しいです・・・。

<2016年の幕開けに輝く 明けの明星>
#愛宕山 #夜明け #明星 
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<神々しく輝く 2016年の初日の出>
#愛宕山 #ご来光 #初日の出 #雪山
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<赤く染まる冬の朝>
#琵琶湖畔 #マジックアワー #志賀
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<湖面に輝く朝日>
#琵琶湖畔 #日の出 #湖面 #キラキラ
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<琵琶湖と鳥居>
#琵琶湖 #日吉大社 #鳥居
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<雪面に伸びるシルエット>
#蓬莱山 #びわ湖バレイ #雪山 #雪山登山
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<雪山に佇むお地蔵様>
#蓬莱山 #びわ湖バレイ #お地蔵様 #琵琶湖
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<引き算の美学>
#比良山系 #権現山 #雪山
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<振り向けば足跡と琵琶湖>
#びわ湖バレイ #足跡 #琵琶湖 #蓬莱山
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<紅梅>
#梅小路公園 #紅梅 
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<japanesque color>
#伏見稲荷 #千本鳥居 #着物 #朱色
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<春色>
#守山なぎさ公園 #菜の花
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<湖畔にて>
#浜大津 #サイクリング #シングルスピード #青空 #比良山系
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<古都の桜>
#奈良 #東大寺 #お花見
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kanattにて
<ビニールテープアート>
#シャンプーブース #オウム #ハンドメイド
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<鮮やかなグリーン>
#スプレイヤー #グリーン #美しい曲線
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<春はそこまで・・・>
#カナットのトイレ #ビニールテープアート #カナットちゃん
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<大切な相棒>
#シザー #ハサミ #相棒  #いつもありがとう
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今回は寒さの厳しい季節に出掛けた写真を中心に抜粋しました。

僕自身、季節の変化に気付くことで、小さな幸せを感じる事もあります。

季節の変化は みんな平等に訪れます。

心に留まった「瞬間」 が 「旬感」 と言えるのではないでしょうか・・・。

この先も、季節や旬を意識した日々でありたいと思います。


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【2016/02/17 12:13】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
【クレオパトラとエジプトの王妃展】 ~ 美女の条件って何だろう ~ NAOYA
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大阪国立国際美術館で開催中の『クレオパトラとエジプトの王妃展』へ
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行ってきました (^-^)
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< 主役は王妃と女王。ファラオを支え、国を支えた女性たち >
< 歴史を彩る 美しきモノ語り > の サブタイトルが付け加えられた展覧会。

謎に包まれながらも今なお語り継がれるエジプト最後の女王クレオパトラをはじめ、
魅力的な人生を送った彼女らにまつわる逸品の数々。
世界中から、エジプトの至宝 約180件が集結。

今から数千年もの昔に造られた彫刻やレリーフ、きらびやか装飾品からは
当時の暮らしや、人々の息吹きを感じます。

ところで・・・。
「古代エジプト?」 「 歴史はどうも苦手 」 という方も多いと思いますが、
マンガ『王家の紋章』を読んで好きになった女性もおられるのでは?
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(今回、『王家の紋章』については、割愛させて頂きます…)


<今回のブログの項目>は以下の感じです。
①クレオパトラって どんな人?
②古代エジプトを代表する王妃・女王とは?
③主な作品紹介
④クレオパトラ流 『美しさへのこだわり』
(クレオパトラはカツラだった?etc・・・)
⑤絶世の美女は髪が命?
≪※館内は撮影不可の為、画像は他から引用させて頂きました・・・≫


①{クレオパトラってどんな人?}
「クレオパトラ」と聞いて、パッと思い浮かべるのが、あのヘアスタイル。
その他に「絶世の美女」「エジプトの女王」・・・だけは何となくわかりますよね。

ここで、もうちょっとだけ掘り下げてみます。 (なるべく簡単に)

時代は、だいぶ遡ります・・・。
クレオパトラ7世 「紀元前69~前30」
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古代エジプト最後の王朝となったプトレマイオス朝の最後の女王。在位 紀元前51~前30。
その才知と美貌でカエサルの愛人となり、のちアントニウスと結婚して専制支配を図ったが、
アクチウムの海戦で敗れ、毒蛇に身をかませて自殺した。
(*カエサル・・・古代ローマ帝国の最高権力者。 アントニウス・・・カエサルに仕えた部将)
絶世の美女であり、ローマの支配者たちを手玉に取るなど知略に長けた才色兼備の女性。

クレオパトラの他にも、古代エジプトにおいて国や王を支えた女性の存在は欠かすことは出来ません。


②{古代エジプトを代表する王妃・女王}

<ティイ>・・・王に愛され、国を支え、権威を誇った「ザ・王母」
アメンヘテプ3世の寵愛を受た、ツタンカーメンの祖母にあたる王妃。
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<ハトシェプスト>・・・敏腕にして辣腕、エジプト史に君臨する女王
クレオパトラが誕生する1500年もの昔、男性の王に代わり王権を乗っ取った女王。
男装の女王とも呼ばれる。
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<ネフェルトイティ>・・・美女来たり。華やかなアマルナの王妃
ネフェルは「美しい」・ティは「やってくる、歩いてくる」という意味。
ツタンカーメンの義母といわれる。
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いつの時代も、女性は強さと美しさを兼ね備えていますね。


③{代表的な作品紹介}
・王妃ヘテプへレス2世と その娘メレスアンク3世
(前2500年頃・アメリカ、ボストン美術館)
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ヘテプへレス2世(左)はクフ王の娘。その娘メレスアンク3世(右)は、
アル=ギザに大ピラミットを築いたカフラー王の王妃として考えられる。

・ウジャド眼の首飾り
(前1550~前1292頃・オーストリア、ウィーン美術史美術館)
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金製の護符や、さまざまな材質のビーズを組み合わせて作られ、
中央に幸福と繁栄を象徴するウジャド眼をあしらった首飾り。

・乳母の木棺
(前690~前664頃・イタリア、フィレンツェ・エジプト博物館)
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古代エジプトでは乳母の役割は大きく、
時に王家の谷に葬られる名誉な女性もいました。

・アメン神妻のスフィンクス
(前690~前656頃・ドイツ、ベルリン・エジプト博物館)
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アメン神への聖水を捧げており、容器の蓋はアメン神の聖獣である牡羊の頭をあらわしている。

・王妃のマスク
(前1550~前1292頃・イギリス、マンチェスター博物館)
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ミイラの頭部を覆っていたマスク。布と漆喰で作らた。
頭部の模様は、ハゲワシの胸の羽を表現し、黄金の顔と対照的に青色に塗られている。

・壺を捧げるハトシェプスト女王
(前1473~前1458頃・ドイツ、ベルリン・エジプト博物館)
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ハトシェプスト女王は、王としてカトと呼ばれる頭巾を被り
付け髭をした男装の姿で表現されている。

・カエサル
(前27~20頃・バチカン市国、バチカン美術館)
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ブルータスに暗殺された後に制作されたもので、強い眼差しは老練な軍人で政治家である姿をあらわす。


以上の他に、首飾り・腕輪・耳飾など、黄金に輝く煌びやかな装飾品をはじめ、
櫛・ヘアピン・ヘアリングといった髪にまつわる装飾品の数々。
美容師として興味深い作品もたくさん展示してありました。
(記述によると、櫛は紀元前1500年頃の昔から存在していたようです)
そもそも『櫛』という道具の必要性を感じ、櫛を考案した人は偉い!

[身だしなみ]の大切さは当時から現在に至るまで、時代を超えて脈々と受け継がれているんですね。



④{クレオパトラ流 美しさへのこだわり}

「クレオパトラはカツラだった?」
一般的に、クレオパトラのヘアスタイルは<黒髪><ワンレングス>が定説。
[クレオパトラの髪型] この言葉だけで九分九厘 ビジュアルのイメージを共有できるのが凄い!
しかし、ギリシャ人の流れを汲むクレオパトラの髪は、ショートヘアで、しかも巻き毛だったとか。
従って、あの髪型は「人毛で作ったカツラ」という説も・・・。

「古代エジプトの女性たちがパーマを?」
一説によると、毛髪にアルカリ性の粘土を付けて棒などに巻きつけて、強力なエジプトの太陽の下にさらして乾かし
ウェーブをつけてパーマ風スタイルを楽しんだとも言われています・・・。
分かりやすく言うと、夜寝る前に髪を三つ編みにしておいて、朝三つ編みをほどいたら
パーマっぽくなってる・・・。たぶん、それに近いタイプでしょう・・・。

「髪を染めていた?」
「ヘナ」の髪に対する染色効果やコンディショ二ング効果により、ヘナで髪を染めていたとか。
さらに、殺菌効果のある薬として重宝されていたようです。

「クレオパトラは風呂マニア?」
お風呂へのこだわりが強く「バラ風呂」を初め「ミルク」「ジャスミン」「泥」「塩」など、その日の気分に合わせて
使い分け、入浴後はオリーブオイルで全身のお手入れをしていたとか。ひょっとすると髪にも付けていたかも?

「クレオパトラはファッションリーダー?」
マラカイト(孔雀石)を粉にしてアイシャドーとして初めて使ったのがクレオパトラ。
その後はエジプト・ローマで大流行したとか。

⑤{絶世の美女は髪が命?}

小野小町(日本:平安時代 生没年不詳)
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平安時代の女性は、植物のつるや葉から出るねばねばの汁を髪につけ整え、ツヤを出した。
さらに、「ゆする」と呼ばれる米のとぎ汁でヘアケアをしていたとも。
黒髪は、肌をより白く見せるために大切にケアしていました。
しかし、一説によると この時代の洗髪は一年に一度だったという説も。
平安時代の女性が好んだ「お香」は、髪のにおいを隠すためだったとか?


楊貴妃(中国:唐時代 719年~756年)
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クレオパトラ同様、お風呂が好きだったようで、入浴後は自然の風で髪を乾かしていたとか。
その髪の美しさを歌った漢詩『長恨歌』の中で 「雲 鬢 花 顔 金 歩 揺」
(やわらかな髪、花のような顔、歩みにつれて金のかんざしがゆれる)と表現され、
絵画でも美しい黒髪女性として描かれていますが、やっぱり髪のお手入れは大切ですよね。


マリー・アントワネット(フランス:1755年~)
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『ベルサイユのばら』でおなじみ、18世紀のフランス国王 ルイ16世の王妃です。
浪費と民衆蔑視で国民の反感を招く。「パンが無ければケーキを食べれば」のセリフは有名。

もちろん専属のヘアスタイリストが付いていたようで、そのデザインが斬新すぎると話題に!
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もはや、髪型というより オブジェを頭に乗っけてると表現したほうが・・・。
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↓お付きの方も、ご苦労様です・・・。
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以上、今回のブログは髪にまつわるあれこれも含めてみました。
最終的に、マリー・アントワネットの驚愕のヘアスタイルで「全部持って行かれた」感じではありますが、
紀元前数千年もの昔から女性たちの「美」へのこだわりは今も同じですね。

最後に、『美女の条件は何だろう・・・?』

僕が思う美女の二大要素はズバリ、『美しい心』と『美しい髪』です!
(あくまで個人的見解ですが・・・)

女性の皆さんが、いつまでも美しく輝いていて貰うべく、僕たち美容師としてお手伝いできることを
これからも続けて行きたいと考えています・・・。
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【2015/12/30 11:20】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
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