カナット通信~kanatt blog~
京都のヘアサロン kanatt スタッフのブログ
【 中央アルプス 親子登山 】 ~娘のアルプスデビュー編~    NAOYA
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今年の夏休み、親子登山で中央アルプス【木曽駒ヶ岳】へ行ってきました。

メンバーは3名。
今回がアルプス&山小屋デビューとなる娘(小5) & アルプス3度目の息子(小3)、そして僕。
登山経験優先で小3の息子をサブリーダーに任命。 何とも頼りないメンバー構成(^_^;)

アルプスデビューの娘には、
『雲の上の景色』 『夕景』 『満天の星空』 『ご来光』etc・・・を見せてやりたい!
そんな淡い期待を胸に計画した今回の山旅。

『いつかはアルプスデビューしたいなぁ』とお考えの方は、ご参考程度に・・・。

【木曽駒ヶ岳】とは
中央アルプス(木曽山脈)の最高峰。
標高2956m 日本百名山 通称:木曽駒(きそこま)
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木曽駒ヶ岳へは、駒ヶ岳ロープウェイに乗り 一気に標高2612mへ!
ロープウェイを降りると、観光スポットで有名な <千畳敷カール> 
そこから山頂までの標高差約350mを片道約2時間の行程。
日帰り登山も可能なコースです。
(↓今回、④駒ヶ岳頂上木曽小屋で泊まりました)

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[今回の行程]
{8月22日(火)}
・京都駅八条口 23:25発 
   ↓ (高速バス 諏訪・茅野行)
{8月23日(水)}
・ 岡谷駅     6:21着
<JR飯田線   7:03発> 
   ↓
・駒ヶ根駅     8:27着 
<バス       9:00発>
   ↓ 
・しらび平     9:45着 
<ロープウェイ 10:00発>
   ↓ 
・千畳敷駅    10:10着
   登山スタート!

・山小屋泊 <頂上木曽小屋>

{8月24日(木)}
・山小屋出発    9:30
   ↓
・木曽駒山頂    9:50
   ↓
・千畳敷駅  臨時13:50発
   ↓
・しらび平      14:00着 
<バス        14:20発> 
   ↓ 
・ 駒ヶ根駅     15:08着
<高速バス     16:40発>
   ↓
・ 京都深草     20:36着 

*行きの京都~駒ヶ根までは、岡谷駅経由の変則的な行程にしました。

( ここから、時系列に沿って、写真多め・文字少なめでサクサクと行きます )

京都駅八条口から高速バスで岡谷駅へ出発!  (23:25)
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早朝、岡谷駅で降車  (6:21)
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JR飯田線で駒ヶ根駅へ (乗車時間 約1時間半)
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まもなく発車します。 (7:00)
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ガタンゴトン・・・既に長旅の疲れが・・・(^_^;)
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駒ヶ根駅下車。 ロープウェイ乗り場までのバスに乗り換え (9:00)
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山道を走るバスの運転手さんのハンドルさばきは職人技!
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道中、たくさんの猿に遭遇します
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しらび平 ロープウェイ乗り場に到着(既に標高1662m)  (9:45)
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ロープウェイに乗って (10:00)
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一気に2612mへ!
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日本一の標高に位置する駅 <千畳敷駅> 到着。  気温15℃ 肌寒い  (10:10)
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先ずは登山届記入
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ここが、 有名な観光スポット≪千畳敷カール≫
アルプスの雰囲気! 観光客は、このエリアを散策されます。

ここでは、高度に体を慣らすため暫く休憩。
そのあと、後の急坂を登ります!
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時々晴れ間があるものの、山の上は徐々にガスに覆われてるような・・・。
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ひとまず登山の無事を祈って、出発! (12:00)
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意外と信心深いです(^_^;)
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遊歩道沿いに咲く たくさんの高山植物
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どんよりとした雲に不安を抱きながらのスタート!
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遊歩道を歩き終え、ここからが登山道となります  (12:30)
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休憩をはさみながら・・・。
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登りに『ヤッホー!』 まだまだ元気(^-^)  (13:10)
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休憩中に一枚。 振り向けば千畳敷駅は霧の中・・・。
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急坂を登り終え稜線へ到着! (14:00)
景色は無くても、この笑顔  [予定より超スローです・・・(^_^;)]
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登山中 「この坂登ったら小屋でソフトクリーム食べよな!」 の約束もむなしく・・・。
寒くて寒くて「温かいモノが飲みたい」と子供達。
ということで、宝剣山荘に飛び込み、カップヌードルのカレー味(¥500)を食べ、
更にストーブで暖を取りながら冷えた体を温めます。
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再出発!展望ゼロ・・・。寒さと強風の中、3人で励まし合った稜線歩き。 (14:40)
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山頂手前の一山。「中岳2925m」を乗り越えます。 (15:00)
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中岳。 ここから一旦下って、木曽駒山頂まで あと30分。 頑張れ!
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小屋まであと一息! (山小屋へは駒ヶ岳山頂を経由します)
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2人とも疲労のピーク・・・。
今回の登山で一番しんどかった時間・・・座り込む半泣きの息子(>_<) ←ホントに泣いてました・・・。
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誰も居ない山頂は強風&ガス。
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展望ゼロ・・・(ToT)
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2人とも よく頑張った!! (15:30)
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山頂で休憩する間も無く、とにかく山小屋へ!

霧の中で小屋が見えた瞬間、どっと溢れる安堵感 (15:40)
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今回お世話になった【頂上木曽小屋】
外観は、案外普通っぽい造りでも・・・
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内装は<ザ・山小屋>の雰囲気たっぷり。
玄関に掲げられた 「呼び板」
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現在地を示す黒板。 ここは標高2907m
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ランプの灯りが優しく暖かい
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ストーブの温もりに癒され・・・。
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昔懐かしい柄の布団がイイ感じ。
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この日の宿泊は、僕たち含め10名。こんな感じで相部屋で寝ます。収容人数は約100名だそうです。
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夕食。  寝起きで眠い様子の二人・・・ (17:30)
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結局、この日の夕景は見れず・・・残念。
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消灯まで、ゆる~い時間が流れる中で、
[小屋番風]の1枚。  ちょけてます・・・(^_^;)
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20時消灯。
この時も外は真っ白。
楽しみだった星空は、残念ながら期待薄・・・。

布団にもぐり、娘の一言
『パパ、星見れるかな・・・?』と。

『じゃぁ、パパは3時に起きて、星が見れたら起こすから、おやすみ・・・』と。

約束の朝3時に起床。 外は真っ白・・・。
『星が見れなくてゴメンな』と、娘の手を握りしめて再び就寝。

その後、ご来光に淡い期待を抱き4時起床するも、外は真っ白・・・。

娘に見せてやりたかった景色は全く見れず、残念の一言。

朝食 (5:30)
息子は、案の定 爆睡中(^_^;)
声を掛けても食欲が無いという事で、折角の朝食をパス。
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朝食の代わりに『帰りの休憩の時に食べてさせてあげてね』と、子供達2人分の食料をたくさん頂きました。
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7時。息子はようやく起き出したものの外はガス・・・。
時間に余裕も有るので、出発までゆっくりさせて貰いました。
小屋番さんの許可を得て山小屋内を探検。
<ハシゴを伝って屋根裏部屋へ>
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初めての山小屋にワクワクの娘。 
<屋根裏部屋、天井低っ!>
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こんな部屋もあります。
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そうこうしながら、帰りの身支度中に
『パパ!外に来て!』と、元気な娘の声。

慌てて外に出るとこの景色!
『わ~!ラピュタみたい!』と大喜びの娘。
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出発前に、奇跡の晴れ間!
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待ちわびた日差しを体いっぱいに浴び。
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この景色が見れただけでOKです!
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雲が織りなす山の表情を眺める時間が大好きです(^-^)
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小屋番さんお世話になりました。
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帰りも、一旦 山頂を目指してスタート!  (9:30)
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今回、貴重だった青空の下での山歩きの時間
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振り向けば山小屋と青空がイイ感じ(^-^)
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再び山頂到着! (9:50) 
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山頂の祠に手を合わせ
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帰りもケガなく下りれますように・・・(^-^)
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おやつタイム!  ポテチがパンパン!
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山頂で凧揚げしてみたり。
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ストックを竹刀に見立てて 剣道の『山頂稽古?』してみたり・・・。
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しばらく山頂の景色を楽しんで、いよいよ下山。 (10:20)
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一足早く山頂の売店に登っていた、もう一人の小屋番さんにも別れを告げて・・・。
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この後は帰路へ。『また来ます!』とケルンに一石。
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僕も・・・。
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中岳は、帰りもガスに覆われ (11:20)
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下りも『ヤッホー!』
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真っ白な中でも励まし合って
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ようやく下山完了! 背景真っ白 (13:20)
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天気が良ければ、こんな景色だったのに・・・。
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展望ゼロで決めポーズ!
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その後はロープウェイで山麓へ
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山麓の「しらび平」に到着。
下山後、2人が寄せたメッセージ
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帰りのバスは爆睡・・・。
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親子登山を振り返って・・・。

今回の親子登山は、当初思い描いていたような快適な山歩きとは行きませんでした。

強風・寒さ・展望ゼロの中、お互い励まし合って歩いた稜線。

寒さに震えながら山小屋で食べたカップヌードルの味。

親切にして頂いた【頂上木曽小屋】の小屋番さん。

道中、子供達に声を掛けて下さったハイカーの皆さんの温かい声。

寒さに耐えたからこそ感じた、太陽の暖かさと眩しさ・・・。

子供達には、今回の山旅での出逢いや経験をいつまでも大切にして貰えればと願います。


親として、悪天候の中2人を連れての登山は3倍以上の疲労感に襲われますが、
下山完了時にはそれ以上の充実感に包まれます。

下山後、子供達の笑顔と『また行きたい!』の言葉が何より嬉しかったです(^-^)

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【2017/08/25 14:50】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
【満身創痍で 挑む!】  ~初戦の相手は二刀流!!~     NAOYA
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剣道を再開して一年が経ちました。

毎週火曜日の夕方は <防具を担いで稽古へ通う> 
この光景が 今では当たり前となりました。
火曜日の稽古では、指導にあたられる先生の下で、サポート的役割を担っています。
ここ最近は、先生のご都合により、僕一人で稽古の指揮を任される事もあります。
 
指揮を任されたら、その日の限られた時間内でメニューを組み立て、
 『子供たちには、更に上達してほしい』 その一心で稽古に臨みます。
責任を感じると同時に、遣り甲斐もあります。

子供たちとの稽古を重ねるにつれ、
『自分自身も強くなりたい!』 との思いも日に日に強くなります。

そんなある日、
[京都府剣道連盟]のホームページを検索していたら、
< 5月14日(日)開催の京都市民総合体育大会にご参加下さい > の文字が!
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大会要項に目を通すと、出場条件はクリア。 

締切期日直前、 [京都府剣道連盟]へ、直接申し込みに行きました。
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『男子 個人戦・三段以下の部 オープン参加』でエントリー。
かれこれ25年以上にも及ぶブランク明けでの出場に、連盟の方も少し驚きの表情?
『くれぐれも怪我の無いように』 とのお言葉を頂き ≪登録完了!≫

<試合まで、あと一か月>
毎朝の素振り(剣道の切り絵はオリジナルで制作)
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(左:通常の竹刀   右:素振り用の竹刀)
スピードоrパワー、目的によって使い分け。

夜は 近所の梅小路公園で苦手なランニング開始。
ちょうどサクラが満開の頃でした。
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(結局、苦手なランニングは長続きせず早々と挫折↓)

時を同じく、[坐骨神経痛]らしき症状に悩まされ、ストレッチ&腹筋中心の筋トレなどで克服する日々が続く。
仕事中に空き時間があれば、ストレッチ&足腰の筋力強化。
やれるだけのことをしようと必死でした。

さらに、この時機から 以前にもお世話になった他道場への出稽古開始。
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木曜&土曜の仕事帰りに、みっちり1時間の稽古で実戦感覚を鍛えてもらいます。

久々の大人相手にバテバテ・・・。
身体はボロボロ・・・。
尋常じゃないほどの汗・・・。

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(稽古後は、青アザが・・・)

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(左足の皮は、こんな感じでめくれることもあります・・・)


出稽古を3回・4回重ねるにつれ、試合に向けての手応えを掴みかけるも・・・。

<試合まで2週間> 
5回目の稽古中にアクシデント発生!!

稽古中に『体当たり』を受け止めた際、右胸の下辺りに 「ズキンッ!!」 と電気が走ったような衝撃が!
瞬時に「肋骨 折れたかも!」と悟るも そのまま続行。

翌朝、
『イタタっ・・・(>_<) やっぱり、肋骨折れてる・・・』
痛くて痛くて起きれない。

僕自身、肋骨は過去に何度も折った経験があるので『またか・・・』と冷静に対処。。。
よりによって、このタイミングの骨折はメンタル的にも痛い!

試合当日の戦わずして負ける『棄権』だけは避けたかったので、ケガの回復を最優先。
今までの出稽古で、イイ感じに積み上げてきたものが一旦リセットされた瞬間・・・。

こうなれば、とにかく骨の形成に必要な栄養素を積極的に摂取。
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*カルシウム・・・イワシ
*タンパク質・・・鶏肉
*コラーゲン・・・ゼラチン
*ビタミンK・・・納豆
*ビタミンC・・・ジュース類etc・・・
どれが正解なのか、明確な答えは見つからない。
とにかく、一日でも早いケガの回復を意識した食事の日々。

ケガから2週間は、竹刀を振ることも出来ず、焦る気持ちを抑え、ただただ回復を待つのみ・・・。
その間、Yоu Tubeで、「全日本」から「大学生」、「市民大会」に至るまで、様々な試合を見て研究。

<試合3日前>
最終調整と位置づけたこの日、ケガの痛みと再発の不安を抱え出稽古へ。
高校時代の後輩2人を誘っての稽古。その後輩達との稽古は高校の部活振り。
せっかく楽しみにしていた稽古にも関わらず、全然体が動かない↓
「踏み込み」への不安は拭い去れないまま終了・・・。

<そして試合当日>
5時半起床。
久々に押し寄せる何とも言えない緊張感。

痛み止めの飲み薬&湿布、さらにコルセットで対処。
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(試合当日でこの状態・・・)

開会式1時間前の8時会場到着。<京都市武道センター>
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(ここで剣道をするのも高3の昇段審査以来 約25年振りです)

受付後、対戦表をチェック。(ドキドキする瞬間・・・)
同じカテゴリーの出場は35名
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初戦の相手は・・・〇山選手 (去年の大会の記録からベスト8の選手だと知る)
トーナメント的に相手はシード扱い(山の右端) 相手にとって不足なし!
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そして、試合前のウォーミングアップ。
この時、不思議と痛みは気にならず 『ぎりぎり間に合った!』 

息子に見守られながらの開会式。
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息子には「今日の試合しっかり観とけよ!」 と、自分自身にプレッシャーを与え・・・

いよいよ試合開始!
僕の初戦は、1回戦の最後となる10試合目。
1試合・2試合と進む中、未だ見ぬ対戦相手に緊張感を抱きつつ、面紐を結んで早めにスタンバイ。

この試合では、高校時代に使用していた面タオルで挑みました。
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いよいよ次が出番となり、試合場の隅で待機。(野球のネクストバッターズサークル的な場所)
この時初めて 対戦相手と対面。

第一印象は『大きい人やな~』

ふと、相手の手元を見ると、なななんと≪二刀流!!≫
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(二刀流のイメージです。 宮本武蔵の肖像画より)

人生初の二刀流との対戦に覚悟を決める。

・お互いに礼  {左:相手<白>   右:僕<赤>}
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・蹲踞(そんきょ)
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・『始め!』
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『ヤーーーッ!!』
不安や緊張を振り払う意味も込めて、出せるだけの大きな掛け声で攻める。
自分から仕掛ける剣道が僕のスタイル。

しかし、初めての二刀流に間合いが掴めず・・・。
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鍔迫り合いにも違和感が・・・。
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緊迫した時間が過ぎ。

20秒経過・・・

小太刀を操り 間合いを詰めてくる相手に対して
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『ここで下がったら敗け』の思いから、自分から仕掛ける
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『いける!』と覚悟を決た
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次の瞬間、飛び込んで 渾身の面!
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旗三本!!!
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試合時間は、残り2分30秒もあるので喜ぶのはまだ早い!
試合終了まで、攻め続けるのみ。

「ピー‐‐ッ!」
試合終了を告げる合図が鳴り響き

『一本勝ち、勝負あり!』
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人生初の『二刀流』との対戦に勝利。
貴重な経験をさせて頂いたことに心から感謝です。

続く2戦目は、自分から仕掛けるも、面を取られて一本負け・・・。
間合いの詰め方・打突の強さ・試合運びに至るまで、相手が一枚上手でした。

試合を通して、今の自分に足りないモノを教えて頂けたことに感謝です。

相手は、その後決勝まで進み準優勝されました。

今回の試合でも痛感した
『打って反省・打たれて感謝』の剣道の教え。
まだまだ稽古不足です・・・。


今現在、僕は長いブランクを経て子供たちに剣道を指導させて貰う立場にいます。
しかし、人を育てるのは簡単なことではありません。
過去の経験だけに頼る指導だけでは、子供たちに伝えきれない部分もあるように思います。

自分自身、まだまだ稽古が必要です。
これからも、子供たちと共に稽古に励み更なる高みを目指したいと思います。




【2017/05/17 15:04】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
【湖都から古都へ】 カナニャンと巡る琵琶湖疏水サイクル日記
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先日、小学4年生の授業参観に行く機会がありました。
その日は社会科の授業で、社会見学で訪れた[水環境保全センターの仕組みについて発表する]という内容。
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『水の循環』という身近で大切なテーマ。
飲み水・風呂・トイレの他に、我々美容師はお店でもシャンプーや洗い物などに水は不可欠。
この日の授業参観で、改めて水の大切さに気付きました。

これを機に、小学4年生の社会科の教科書『わたしたちの京都』をパラパラめくると・・・。
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こんな感じで
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『くらしと水』から始まり
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(※琵琶湖の水位1mmが京都市1日分の水道水の量になるそうです)

水・ゴミ・安全なくらしなど、身近で興味深い内容がズラリ。

さらに、京都市民には馴染み深い『琵琶湖疏水』についても詳しく掲載されています。
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子供の頃、滋賀で過ごした僕も、当時 社会見学で蹴上のインクラインに訪れ、琵琶湖疏水について学んだ記憶があります。

つい先日も、学校から {次回の社会見学のお知らせ} のプリントを持って帰ってきました。
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場所 : 小関越え
目的 : 琵琶湖疏水やインクラインの見学を通して、今も残る琵琶湖疏水の様子を知り、先人の努力や願いに触れる。

「小関越え」・・・僕自身、長年 京都と滋賀に住んでいますが、恥ずかしながら この時初めて目にした地名。

『小関越え』とは
大津と京都山科を結ぶ道で、現在の国道1号線が通る逢坂山が「大関越え」
それの北側を通る裏道で、三井寺~山科の四宮を通る道を「小関越え」という。

そこで、浮かび上がったキーワド3つ。
・琵琶湖疏水
・大関越え
・小関越え

以上3つのキーワドを、実際にサイクリングで巡り 先人の努力や願いに触れてみることにしました。
(この季節は、色味が地味な写真ばかりなので、一足早く疏水沿いの『お花見』スポットもご紹介します)

今回のサイクリングコース(往復:約20km)
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往路・・・三条大橋~蹴上~山科~逢坂山~浜大津 (約10㎞)
復路・・・浜大津~(琵琶湖疏水に沿って)三井寺~小関越え~日ノ岡~蹴上 (約10㎞)

※通過タイムは参考まで・・・。
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<7:00>三条大橋をスタート 
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<7:15>蹴上 (北山方面は雪で真っ白でした)
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<7:25>地下鉄御陵駅 (琵琶湖疏水レンガ工場跡)
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<8:00>逢坂山関跡
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≪カナニャンの史跡案内≫
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『逢坂の関』
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東海道と中山道の2本の街道が逢坂関を越えるため、交通の要となる重要な関であった。
百人一首に登場する蝉丸の句で有名。蝉丸は平安時代に逢坂山で暮らしたとされる。
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さらに、清少納言も逢坂の関にまつわる句を詠むなど、知名度は全国区。
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逢坂関には蝉丸神社があり、盲目の琵琶の名手蝉丸にあやかり音曲諸芸道にご利益があるとされる。
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<8:20>坂を下って浜大津手前の関蝉丸神社 (参道を線路が横切り、鳥居と遮断機がマッチング)
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<8:35>浜大津到着
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目の前に広がる琵琶湖。停泊する「ビアンカ」 浜大津ならではの風景。
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<9:15> 浜大津出発 (琵琶湖疏水のスタート)

≪カナニャンの史跡案内≫
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『琵琶湖疏水』
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明治2年、明治維新により東京遷都が断行され、京都はそれを機に人口が減り始めた。
江戸時代の56万人から明治には23万人へ・・・。
そんな沈んだ京都に活力を呼び戻すための一大プロジェクト。
「琵琶湖の水を京都へ!」
実現すれば、膨大な量の水道用水・農業用水・工業用水の確保をはじめ、営業用として日本初となる水力発電が京都府内の産業を潤し、さらに水路を使った産業運輸が確保される。

総工費当初の予定60万円の2倍となる125万円。
現在のお金に換算すると、約1000億円という巨額事業。
明治18(1885)年着工・5年後の明治23(1890)年完成。

<9:20> 大津閘門 (この水が疏水によって京都市内へと運ばれます)
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※桜の季節はこんな感じです
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疏水に沿って真っ直ぐ進むと、三井寺へ。
※三井寺は桜でも有名
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<9:25> 琵琶湖疏水 第1トンネル 入口 (全長2436m 当時は日本最長を誇りました)
各トンネルの上部には、著名人の筆による彫刻が施される。
最初の第1トンネル入口には、伊藤博文の筆による『気象万千』の文字
<気象万千(きしょうばんせん)・・・様々に変化する光景はすばらしい>
※桜の季節はこんな感じです。
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<9:35> 小関越え (車通りも少なく いかにも裏街道の雰囲気)
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<9:55> 峠のお地蔵様 (約20分頑張れば越えれます)
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<10:00>ここから先は ほぼ下り。
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<10:05>琵琶湖疏水・第1竪抗
この竪穴を掘ることで、トンネル工事を早めたり、トンネル内に空気や日光を取り入れることができる。
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<10:15>第1トンネル 出口

<10:20>山科方面を見下ろしながら、散歩やジョギングに最適(疏水沿いはずっと桜並木)
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※冬場は水量を少なくし、水路の補修する期間だそうです。

<10:30>安朱橋 (この付近は桜と菜の花の名所)
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<10:35>安朱橋から北へ坂を登ると、紅葉で有名な『毘沙門堂』
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※毘沙門堂の紅葉
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<10:55>琵琶湖疏水 第2トンネル

<11:05>琵琶湖疏水 第3トンネル
ここに架かる小さな橋は『日本最初の鉄筋コンクリート橋』だそうです。(記念碑もあります)
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『日本最初のコンクリート橋』にて。
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第3トンネルを通り、蹴上へと・・・。
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<11:15>蹴上 ねじりマンポ
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<11:20>南禅寺 水路閣
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≪カナニャンの史跡案内≫
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『南禅寺水路閣』
琵琶湖から蹴上を経由した水は<疏水分線>である水路閣を通り、哲学の道方面へと流れる。

『蹴上インクライン』
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傾斜面にレールを敷き、動力で台車を動かし、船・貨物を運ぶ急傾斜鉄道。


最後に、動物園の傍にある『琵琶湖疏水記念館』へ。
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琵琶湖疏水竣工100周年を記念して、平成元年8月に開館したした施設。
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琵琶湖疏水の歴史や役割・先人の偉業の顕彰・京都の未来への発展をテーマにした展示。
(入場無料)

内部の詳細は撮影不可のためパンフレットの画像です。
今回初めて訪れましたが、気軽に琵琶湖疏水の歴史に触れることができます。
琵琶湖疏水を利用し、日本で初めてとなる水力発電のしくみや資料映像などたくさん。
(ジオラマ&模型のクオリティが高いので必見です)

蹴上を経由した琵琶湖の水は、この施設に併設されたこのトンネルから流れ出て
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京都市動物園方面へ
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岡崎界隈もお花見スポットです
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今回、駆け足でご紹介した琵琶湖疏水。
実際に訪れることで先人の努力や願いに触れられた気がしました。
また、身近なテーマ{水の循環}や{琵琶湖の環境維持}の大切さにも気付いたような気がします。

【Mother Lake】と称される琵琶湖。
京都市民にも多岐にわたり恩恵をもたらせてくれていることを実感しました。

今回は、自転車で一気に巡りましたが、暖かくなったら疏水沿いをウォーキングで巡るのも良いかと思います。
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三井寺・山科・岡崎と、疏水沿いには桜並木がたくさんありますので、今年のお花見にいかがですか?(^-^)
【2017/03/10 17:11】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
【剣道 25年振りの試合】 この一撃に賭ける!     NAOYA
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今から25年前・・・高3の夏。
高校生活最後の試合で敗れた僕は、その試合後 人目をはばからず思いっきり泣いた。
『試合に負けた悔しさ』というより、 『これが最後の試合なんだ』という淋しさから溢れ出る涙。

小・中・高と、『強くなりたい』一心で12年間続けてきた剣道。

小・中学校時代は滋賀県愛知川剣心会で週4回の稽古に加え、中学は部活で毎日稽古。
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(中3の夏。 団体戦で県予選を勝ち抜き 全国大会へ  [列 後ろから3人目] )

高校時代は部員約50人の剣道部のキャプテンとして日々稽古に励んできた剣道が一旦終わった 『あの日』
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(高3の頃 同期と。 高校卒業アルバムより [中段 右])

時が経ち
『あの日』から25年経過した今、
『あの日』の自分に言葉を伝えれるとしたら・・・
『その涙は、今は流さず大事に取っとけよ』と伝えたい。

なぜなら、『再び 試合に出場できる機会が巡って来るから・・・』

そして今年の夏。
厳しい暑さの残る稽古後に、道場の先生から『11月に大人も出場できる試合がある』というお知らせが。

{ 11月6日(日) 『第三回 八幡市剣道優勝大会』 指導者・OBの部  (36歳~49歳) }
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思いもよらず巡ってきた出場機会。
『是非、出場したい!』 という自分と 『いや 待てよ・・・』という自分が混在。

実際 出場に至るまでは幾つかハードルが・・・。
・日曜日の試合、仕事を休む事に。
・現状での稽古不足
・25年もの長きに渡るブランク etc・・・。

しばらく悩んだ結果、出場したい気持ちは抑えきれず無謀にも自らエントリー。
こうなれば試合当日までの約二ヶ月間をどう過ごすかは自分との戦いとも言えます。

<試合まで、あと二ヶ月>
エントリーした8月末から、基本中の基本である素振りを毎朝300本。 
やがて400本・500本と増やし 朝から一汗。
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(毎日の素振りでできた左手のマメ)

素振りで基本的な部分は強化できても『実戦』から遠ざかっていて、相手との間合いや試合運びなど一向に勘が戻らず不安が増すばかり・・・。

<試合まで、あと一か月>
いよいよ自分の中でのカウントダウン開始。
毎朝の素振りに加えて、出稽古の準備。
大人の方相手に稽古をつけてもらうことに。

と思っていた矢先、まさかのアクシデント発生!
とある事情で肋骨骨折・・・。
試合までのカウントダウンも始まってるので、痛み止めの薬とコルセット着用で出稽古へ。

仕事帰りの夜8時頃から他道場に出向き、実質1時間程度の内容の濃い稽古。
高校の部活を思い出すかのような厳しい稽古。
10人ほどおられる大人の方との熱のこもった良い稽古です。

初めての出稽古で痛感した、体力不足とブランクによる実戦感覚の鈍さ。
やればやるほど不安は増すばかり・・・。
とてもじゃないけど試合どころでは無いレベル。
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(背中を向けておられる先生に稽古をつけて頂きました)

仕事帰りの厳しい出稽古。
心の中で『今日は帰ろうかなぁ・・・』と逃げ出したくなる自分も居たり。
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(閉ざされた扉の向こうから聞こえてくる掛け声、逃げ腰の自分を奮い立たせて扉を開けます)

出稽古を2回3回と重ねる事で、ようやく解って来た部分もあり、とても意味のある稽古でした。
稽古の後は決まって『今日来て良かった』と思えます。

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(稽古後は、たいていこんな感じで青アザが・・・)

更に、帰宅後は ほぼ毎日のように剣道の試合の動画を見てあれこれ研究。
試合までの準備期間で少しでもブランクを埋めようと必死でした。

今回の試合では、『会場の雰囲気や相手の気迫に臆することなく、今まで培ってきた自分の剣道が出来れば』の気持ちで挑むことにしました。

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(試合の一週間前、僕の誕生日に子供達から貰った『必勝お守り』を携え試合に挑みます)

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(お店のスタッフからは『袴』をプレゼントしてもらい、この袴で挑みます)

<そして迎えた試合当日>

試合前の何とも言えない緊張感が懐かしく思えたこの日の朝。
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今回の試合会場となる『太陽が丘・体育館』へ向かいます。

京都・大阪・滋賀・兵庫・奈良・和歌山を始め、東海・北陸から、100団体以上、約1500人の剣士が集結。
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開会式終了後、8コートにて一斉に小学生の試合開始。
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『ヤーッ!』  『メーン!』  『コテー!』
会場に響き渡る、掛け声・歓声・拍手・・・すべてが懐かしかった。
 『また帰ってきたんだ』 と実感。

小学生の試合を観戦しながら午後からの自分の試合に備えます・・・。

余談ですが、観戦中に剣道界では有名な寺本先生が居られたので撮らせていただきました。
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(*寺本先生・・・2007年度 全日本剣道選手権にて日本一の座に。大阪府警)
息子には、剣道を始めたからには日本一を目指して欲しいです。


<間もなく試合開始>
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(たっての願いで、息子に襷を託しました)


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(これから試合に挑む父の姿は、息子にはどのように映るのか…)

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(面ひもをギューッと締め、心身ともに引き締まる思い)

<そして迎えた運命の初戦>
主審の『始め!』の合図で試合開始。
今回の試合で、僕が最も大切にしてきた最初の一太刀。
相手に隙が生じた瞬間、渾身の一撃!

『面あり!』 旗三本!
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25年前の忘れ物を取り戻せた瞬間。
つづく二本目も面が決まり、二本勝ちさせて頂きました。

<二回戦>
二戦目は、逆に面を二本取られ敗北・・・。
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敗れはしましたが、自分から攻めての敗けだったので、悔しさの中に清々しさもありました。
この敗戦が次に繋がる第一歩だと信じています。

この春から再開した剣道。
この秋実現した25年振りの試合。

また、こうして大好きな剣道を続けさせて貰える環境に感謝しなだら、これからも更なる高みを目指して挑戦していきたいです。
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今回の試合を終えて痛感した、次の剣道の教え。

≪打って反省 打たれて感謝≫
「打って反省」・・・本当に正しい心で無駄なく打ち込めたか常に自己反省すること。
「打たれて感謝」・・・打たれることで、自分の隙を教えてくれた相手に感謝すること。
すなわち、相手に対する感謝の気持ちを忘れず、切磋琢磨する精神。
いくら段位に差があっても、共に教わる事があり、常に謙虚であれという意味。

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僕の挑戦は、まだまだ始まったばかりです・・・。









【2016/11/07 17:28】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
【 僕 と 剣道 】  親子剣道はじめました     NAOYA
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僕自身、剣道は小学1年から高校卒業まで約12年間続けました。
高校卒業後も、2年ほどは母校の部活に時々出向き、後輩たちと稽古をしていました。

しかし、あれほど好きだった剣道も、いつ頃からか徐々にフェードアウト。
気が付けば剣道から離れて20年以上が経過しました。

剣道を離れている間も、お世話になった先生の言葉が常に心の奥底にありました。
『アマチュア競技に引退はない。引退があるのはプロのスポーツ選手だけや。
 たとえ剣道から離れることがあっても、またいつか縁のある場所で剣道を続けたらええ。』でした・・・。

そして、この春。

小2の息子に、【剣道】に触れる機会を与えました。
近所の道場で見学させて頂いたところ・・・。

その日のうちに、自ら [剣道のメモ] なるものを作成。
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この日 初めて目の当たりにした剣道ですが、既にヤル気!

やがて息子が剣道を始めたのを切っ掛けに、僕も約20年振りに剣道を再開することになりました。


再開するにあたって、当然 防具が必要となります。
しかし防具は母校の剣道部のボックスに置いたまま。

最後に稽古に訪れてから20年・・・。

置きっぱなしの「防具の処遇」が気になっていて、ずっとモヤモヤしていました。

僕の防具が、まだ剣道部のボックスに置いてあることへ僅かな期待を込めて母校に電話。
現在の剣道部の顧問の先生に事情を説明して防具の有無を確認してもらうことに・・・。

後日、顧問の先生から電話。
『去年の暮れに大規模な大掃除をしましたので、もしかすると その時に処分したかと思われます。』
『申し訳ございませんが、岸田さんの防具は見つかりませんでした。』 とのことでした…。

もしかしたら、数か月前までは有ったかも・・・。

防具が無くなっていたのは残念でしたが、その一方で心のモヤモヤがなくなった気がしました。
これを機に、防具一式をはじめ、胴着・袴、竹刀に至るまで買い揃えました。

ちなみに、剣道の防具もピンキリで、高価なモノになると・・・
(このランクを所有されているのは、極々僅かな方です)
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そんなこともあって、今回は剣道にまつわる内容です。
(剣道は奥が深く簡単には説明しきれませんので抜粋して)

日本を代表する武道でありながら、一般的には あまり知られていない剣道。
高校時代、体育の授業で経験された人は多いと思います。
『臭い』 『痛い』 『暑い』 『寒い』 ・・・などが、剣道のイメージでは無いでしょうか?


今回のブログで、少しでも剣道を身近に感じて貰えたらと思います。


本題に入る前に、京都における<剣道の聖地>と言える場所について少しだけ・・・。
京都の岡崎、平安神宮の北西にある『武徳殿』と『武道センター』
「前は通った事あるけど・・・」という方は多いと思います。
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『武徳殿』とは
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明治32年(1899) 平安遷都1100年祈念事業であった平安神宮造営と並行して建てられた。
「東の講道館、西の武徳殿」と評されるほど日本の武道の中心的存在。

『武道センター』
京都で行われる主要な剣道の大会や昇段審査は『武道センター』で行われます。
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↑先日行われた、小中学生の全国大会 京都予選の開会式の様子
(僕が今お世話になっている道場も出場するので、仕事前に開会式だけ見させて頂きました)




<項目>
・剣道の町に育って (小学生時代編)
・剣道の理念 ・ 剣道修練の心構え
・剣道人口
・剣道がオリンピック競技にはならない理由
・剣道の教え あれこれ
・剣道の主なルール
・剣道経験のある芸能人
・剣道あるある


{剣道の町に育って}

僕が幼稚園から中学3年(1学期)まで過ごした 滋賀県愛知川町(現、愛荘町)は、
県下トップクラスで剣道が盛んな町です。
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当時、愛知川町の人口約1万人に対して、剣道スポーツ少年団(※1)の団員の数 なんと約200人!
単純計算すると愛知川町に2つある小学校の各クラス約35人中 7~8人は剣道を習っている感じでした。

そんな地域であり、おまけに兄2人ともが剣道を習っているとあれば、
僕も当然の如く 小学校入学を機に剣道を始めることになりました。
(左:長男・賢治氏 & 右:次男・和彦氏と。  真中が僕)
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(※1)愛知川町スポーツ少年団 『剣心会』
<剣は心なり>を座右の銘に、今年で創立50周年迎える。
月・火・木・土の週4回、夜7時から1時間半の稽古。
更に、暑中稽古に寒稽古・日曜日の試合も含めると、毎日に近い感覚でした。
現在、団員は約60名でありながらも、県下最多を誇ります。

『剣心会』での思い出

・1年生の頃
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基本を大切にした指導の元、入団当初は主に素振りや足捌きを中心とした
<タイヤ打ち>の練習でした。
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(↑タイヤを利用した打ち込み台)

・2年生の頃
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町民体育館で行われた試合の合間の一枚。
{彦根在住の担任の先生(50代男性)が見に来てくださって撮影して頂きました}

・4年生の頃
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・6年生の頃
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(前列 右)

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この年の夏合宿<安土城跡>にて。(この年の合宿のみ例年とは違う形式でした)
下級生を引き連れ、オリエンテーリング形式で安土城跡を巡る感じでした。
※左の白袴の先生が剣心会の創設者の須田先生です。 (僕は右中央あたり)

・県大会優勝
良き先生と仲間に恵まれ、6年生の秋 県大会の団体戦で優勝しました。
(地元の広報誌より)
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(先程とは別の剣道大会でも優勝できました。その時の記念の一枚) 前列右から2人目
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『剣心会』は、中3まで在籍し、小学校の6年間は一度も休まず皆勤でした。
(学校を休んだ日でも、夜の剣道の稽古には行ってました)
当時、土曜の夜の人気番組『8時だよ!全員集合』や『俺たちひょうきん族』は
稽古の時間帯だったため、リアルタイムで観たことがありません・・・。

少年時代、剣道は僕の生活の一部でした。
たくさんの試合で、たくさんの負けを経験し、たくさん悔しい思いもしました。
その悔しさを糧に稽古に励んだ末に手にした勝利の喜びは今でもはっきり覚えています。

剣心会での出逢いや経験は、僕の人生の大きな礎となっています。
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{剣道の理念}

『剣道は 剣の理法の修練による 人間形成の道である』

(剣道修練の心構え)
剣道を正しく真剣に学び 心身を練磨して旺盛なる気を養い
剣道の特性を通じて礼節を尊び 信義を重んじ誠を尽くして
常に自己の修養に努め 以て国家社会を愛して
広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである。
[昭和50年3月20日制定  財団法人 全日本剣道連盟]


{剣道人口}

全日本剣道連盟に登録の有段者約148万人 無段者約18万人 (女性3割~4割)
六段在籍19000名以上 七段16000名 八段800名 と言われています。
一説によると、八段の合格率約1%、倍率約80倍だそうです。

また、高体連の調査によれば、剣道部員が最も多かった昭和59年、女子は昭和61年をピークに
徐々に減少傾向にある。

世界の剣道人口(諸説あり)
韓国50万人 フランス1万人 台湾5000人 アメリカ5000人 ドイツ3000人

{剣道がオリンピック種目にならない理由}

理由のひとつに、「武道的特性が失われる」があります。
剣道の理念そのものが、勝利至上主義や商業主義で損なわれる恐れがあるとともに、
他国の審判レベルや応援のあり方、選手自身の品格も問題視されています。
オリンピックで、柔道→JUDO となりましたが、剣道→KENDOとはならないようです。
現時点で、日本剣道連盟はオリンピック参加に「反対」の立場にあります。

※1970年以来、3年に一度 アジア・アメリカ・ヨーロッパの持ち回りで世界大会が開催。
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当初17国だった参加国は、近年は40国前後に増えている。
過去16回中 日本の優勝は15回。
近年のライバル国は、韓国・アメリカ・ハンガリー・ブラジルなど。

{剣道の教え あれこれ}

・剣は心なり
”心正しからざれば剣また正しからず。 剣を学ばんと欲するものは、まず心より学ぶべし”
「意味」
正しい心の持ち主でないと正しい剣は生まれません。
正しい剣を使えば正しい心の持ち主になれます。

・交剣知愛  [こうけんちあい]
「意味」
剣を交えて愛しみを知る。
剣道は、単に竹の棒で相互に打ち合うものではなく
一度 稽古した人には是非もう一度稽古をお願いしたいと思われるような
剣道をするように心掛けよ。

・袴の折り目の意味 (五倫五常の教え)
身に着けた右の折り目から
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・仁・・・人に対していたわりの心と思いやりの心をもつこと
・義・・・正しい行いをすること
・礼・・・正しい礼儀をすること
・智・・・正しい判断をすること
・信・・・嘘のない心を持ち、人から信頼されること
裏の二つの折り目は
・忠・・・先生や仲間を大切に思うまごころのこと
・考・・・親、兄弟を大切にする心のこと

稽古が終わって袴を畳むときは正座して、折り目の意味を感じながら
畳むことを心掛けましょう。


{剣道の主なルール}

試合時間小学生2分、中高生3分、一般5分
時間内で2本先取、もしくはどちらか一本のみ場合は一本勝ち。

[有効とされる打突箇所]
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主な反則行為・・・(2回目で相手に一本となる)
・試合中場外に出る。
・自己の竹刀を落とす。
・相手の竹刀を握る。又は 自分の刃部を握る。etc・・・

その他、反則ではありませんが、
・有効打突であっても、決まった直後にガッツポーズをとった事で、取り消しになることもある。
・有効打突であっても、『面』を打ちながら『こて!』と言った場合でも無効となる。

{剣道経験のある芸能人}
<初段>
・釈 由美子  ・稲森 いずみ  ・川島なお美  ・ 原 千晶
・大竹 一樹  ・渡部 陽一  ・小川 直也  ・志垣 太郎

<二段>
・小柳 ゆき  ・伊藤 かずえ  ・原口 あきまさ  
・森田 健作  ・草野 仁  ・脇 知弘  ・チャンカワイ

<三段>
・飛鳥 涼  ・金田 哲  

<五段>
・渡辺 正行


{剣道あるある}
(剣道未経験の方には雰囲気だけでも伝われば嬉しいです)
・先生が来た時の絶望感。
・先生が着替え始めた時の恐怖。
・「次のでラスト」や「ラスト1本!」は、信じてはいけない。
・掛かり稽古のつらさが他の部にはわからない。
・面をつけたまま顔をかく専用の道具を開発したことがある。
・武道場に入ると踏み込みをして床の硬さをたしかめる。
・皮を剥がす時の痛くない部位と、痛い部位の境界線。
・初心者との試合が逆に怖い。
・奇数の回り稽古はうれしい。
・長い黙想中に目を開けた瞬間に先生と目が合う奇跡。
・昇段審査のとき、垂にチョークで書かれると以外に取れない。etc・・・


今回のブログで、今まで剣道に興味がなかった方が
『剣道おもしろそう』とか、『剣道はじめようかな』と、ほんの少しだけでも感じてもらえたら嬉しいです。


最後に・・・。

僕は今、毎週火曜日の稽古で、小学生の子たちを相手に汗を流しています。
稽古に励む子供たちの姿を見ていると、当時の自分と重なります。
これからも、再び剣道が出来る喜びと、剣道ができる環境に感謝しながら、稽古に励んで行きたいです。

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【2016/06/10 20:28】 | NAOYA(岸田直也) | トラックバック(0) |
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